「鬱病」の上世代への影響【論考中】

アル中ないしは鬱病によるひきこもりからの脱出は困難であるという、えらい重い話から。これはもともと「ひきこもりの履歴書対策」というマイミクさんの話に自分がツッコミを入れてしまったことから始まったので、敢えてこっちで書いてみる(向こうで延々とコメントを続けたら収拾がつかないので)。
アル中については、5年内生存率が50%を切る病気なのでここでは措く。
問題は「鬱病」について。
世話をする親の世代に負担がかかるのだが、これらの世代は鬱発症者を冷遇してきたわけで、そうやって負荷がかかって鬱を発症した場合に自分自身をどう取り扱うのかという指摘を受けたのだが、さてどう考えるべきか。
上世代で鬱病を発症した場合、本人はそれにどう向かい合うであろうか。これについては実例を知らぬので書きようがないのだが、そもそも本人がきちんと向かい合えるかどうか保証がない。同世代である我々でも「鬱」という事実からは逃げがちになるのが実情だから、考えるまでもない。しかし、もっと恐ろしいのは、配偶者がその現実を目にしたときに病人を捨てるのではないか、ということだ。特に男性側。
(つづき)
と書いたのも、男性は一般的に生理的な現実に弱いからだ。妻が60代になって鬱病を発症したとき、同世代の男性がそれを無事見守れるだろうか。家事もしたことがない、「鬱病」は怠け病だという偏見を持った人間が、配偶者がもしそうなった場合に「頑張れ」どころか「叱咤」し倒して、再起不能にするとか十二分にありえそうだ。
でも、実は何気に恐ろしいのはその逆パターン。家庭内で主君でいた男性が今まで「怠け病」と思っていた鬱病に罹患したとき、妻は今までの暴君ぶりに対する反逆をじわじわとやってのけるということである。これは「家庭板」をみればよくわかるのだが。熟年離婚をこれで食らったら最後、自分の病気を自覚しそれと向かい合わない限り、あとは死ぬしかなくなるはずだ、たぶん。
【当初の方向から逸脱してしまったので保留】