行けるうちに行く (2)

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指宿枕崎線に乗ったのは何年前だろうか忘れ果ててしまったほどで、その時は枕崎駅の折返し時間が短くて駅舎すら見られなかったわけだが、今度は沿線の風景などを見る余裕もある。もっとも、集落は海側に集中しているので、集落から離れた小駅の利用客がもとより多かろうはずもない。開聞は昔駅舎があったような気もする。

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西大山駅は列車が来ると観光客があふれかえる状況になっているので、ここで撮るのはあきらめるが、線路の周りは木々が生い茂っているのでこれまた撮影にはむつかしい場所である。無理して撮ってはみたものの。登り勾配になっているのでカメラの傾きではない。

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周辺はキャベツの栽培が盛んなようである。バスがあるところまで汗まみれになって歩き、そこから長崎鼻・山川港経由で指宿駅まで戻る。

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鹿児島市内、天文館やいづろ通を歩いた後は、短時間で回れる場所として、桜島フェリーで往復して、あとは新幹線に乗って戻ってきてしまった。

行けるうちに行く (1)

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行けるうちにいく九州奇行 九州一周編 (まさかにちりんシーガイア7号、宮崎空港→宮崎、きりしま13号が全く同じ車両だったとは) 9時間を共にするとは思わず

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佐伯~延岡間の「宗太郎越え」では一気に速度を落とす。同様に、都城霧島神宮間も台地の狭間を縫うようにして走る。旅客流動から考えれば、大分、宮崎で分断して正解ではある。

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枕崎漁港の夜の風景。

鹿児島から枕崎までは川辺経由で走るが、鹿児島市内の渋滞に巻かれて着いたのは20分遅れ、投宿して街を歩いたが20時過ぎでは空いている店は少ないし、漁港もこんな感じであった

ゆふいんの森に乗ってきた

 

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別府駅前は温泉まつり開催中であった。駅前温泉の熱い湯につかった後で、餅撒きでいくつか掴んで(拾って)駅に戻る

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10年近く前に日田~博多は乗っているのだが、デジカメのメモリカード破損によりろくな画像も残っていないし、またいつか乗りに行こうと思っていたが、早めに切符を押さえないと満席になってしまうので、今日この機会に九州北部一周ルートをたどってきた次第。

こちらに来てから行った場所 (13)

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昨日はずっとドン曇りの天気が続いていたのだが、午後に少し晴れ間が見えたので出かけてきた。現地に着いたら快晴というわけにはいかなかったのだけども。それにしてもこんなところによく鉄道を敷こうと思ったものだ。一種の公共事業といえば聞こえはいいが、開業時にはすでに沿線の炭砿は閉山が相次いでおり貨物輸送にすら使えなかったばかりか、旅客輸送も1日3~4往復であまりの乗りづらさに宮脇俊三氏も音を上げかけたほどの区間である。夕張、歌志内の次に来るのが山田市で、よく周りの町が合併したものだなと思うほどで、仮に第三セクター化しても廃線は避けられなかっただろう。現に、西鉄代替バスが転換後10年持たずに廃止しているほどで、ここから先に峠を越えるバスはない

新元号が確定しました (令和)

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なぜコバトンが「GD公団ゴシック」で新元号を持って発表しているというのはさておき「Order Peace」(さいたま市に平和を命令し、○和区を以下略) ってそういう意味じゃないから!「Peace & Hermony」(和諧) でもないしw