「朴李」の根底にあるものは。

http://www.pot.co.jp/matsukuro/20110112_133117493921963.html
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20110112_144713493921974.html
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20110112_153010493921983.html
松沢呉一氏の文章を一通り読んでもらいたい。特に「メタ視力」関係。
自分自身、客観性もなく突っ走ることはあるが(でなければあんなものをまとめようとは思えない)、そういうことをしながら「実はまだまだ上がいるのではないか」「実は1冊も売れないんではないか」「そこまでやる必要があるのか」などと自問自答する自分がいる。
実は、「客観性」もたいがいだが、それ以上に自分は「読解力」もあやしく、気になったことは一つ一つ手を出さないと自分の頭の中で理解できない。数値を読み込むのも、まだ目でわかるものとして理解できるからで、感覚的にどうのこうのというのはさっぱり駄目である。マニュアル化がうまいとも言われるが、一旦言語化しないと理解できない、ただそれだけ。
ただし、客観性がなくてもできることが一つあって、それは「読んで理解できないことは語らない」。いや語ってもいいが、そのためにはそれを短期間で集中的に(筋道立てて)頭の中に叩き込むことが必要で、ここ1年ばかりはそういうことに腰をすえてやっているような気がする。もっとも、それは自己を抑制しているからできることであって、もし「自己が肥大」していたらもっと悲惨なことになっているだろう。
結局のところ、「メタ視力」の欠落というのは、もともと読解力が薄いところにもってきて、なおかつ「厨二病」が抜けていないところにあるのかもしれない。普通の会社で会社員(組織人)をやっていれば、会社や部署の違いで色々「揉まれ」ていくのだけど、もしそういう経験がないまま40代になってしまったら?考えるだけで恐ろしい。