勢い乗じて「葦」「塩」その次へ。

本業のほうが一段落したせいか、今まで書こう書こうと思いながら先送りにしていた「葦」ばかりか「塩」も書き上げ、さらにC84落選によって「暫停」事実上放置していた「貨車入門」の文章に着手し、昨日はまず10頁、今日は帰宅後6頁と着々と進行中。特にコラムの「四等車と代用貨車」なんて誰得というレベルの内容で、アホかw これを表紙で糊塗しようとしているのだからひどい話(表紙自体はだいぶ先になる気配)。それでも何も考えずにこんなところに申し込んでみたりとかますますわけのわからんことに。

「わたしはどこへむかうのか」

前はもっと「てつ」な話題が書けたのだが、昨年末のC83で「なんとなく」気が抜けてしまって、ある種の必死さはなくなっていた。おそらく、そういう部分がC82, C84の落選につながっているのかもしれない(本当は完全に運なのだが、そういうことにしておいたほうがいい)。でもって、ぼく自身が進もうとしており、おそらく向いているのは「誰も手がけない」が「妙に気になる」一分野を、様々な情報の組み合わせで徹底して掘り下げることにある。どういう手法があるのか、実はそれさえわかっていない。締切という概念すらないし、そもそもどういう形で発表するかも考えていないのだが、どこかでそれをまとめ上げることで、違った歴史的側面が見えてこないか、という試み。
今まで、「仕事」の手法を「趣味」にぶちこみ、そこで得た成果をさらに仕事にもフィードバックさせてきてはいるが、それは目的ではなく、あくまでも「手段」である。そうすることにおいて、自らの仕事の質を高め「斬首」への耐性を高める手段。では、それがおわったらわたしはどこへむかうのか。それがわかれば苦労はしない。家庭とその現実に対処していればそれでいい。ぼくが死んでもその研究成果が残れば、誰かが引き継いでくれる。そんなもんだ。

資料の山に埋もれて。

またもNDL関係の資料の山。今回は「日中貿易史」を久々にガチで取り組むためいろいろな資料を遠隔複写請求。精華町からくる資料が油断ならん、というのはデジタルデータ印刷だからA3サイズで引き伸ばされてくるわ、融通はきかないわ、遅いわの三拍子が揃っているからw(ただし確認作業という山を越せば佐川急便で送ってくるのでそこからは早い)
すでに2年前に「国交樹立前の日中貿易」についてはある程度の推論を出しておりそれは「中国貨車論叢II」でまとめているのだが、今回はそれを徹底して固める作業が必要となる。しょぼい結論というなw 実際、この時期の日中貿易高なんてしょぼい金額でしかなかったんだから。それから「国交樹立」を経て、現代に至るまで幾つもの峠を越しているわけで、そうした事象を分析する作業というのはかなりの難行である。だってそれだけでどれだけの書籍があるというのだ。ただし「聞き取り」というのは100%信用出来ないのはいうまでもなく、それをどうやって「担保」するか。第三者の検証に耐えうる資料と論理構成を探す作業がいちばんしんどい。「II」でいちばんきつかったのがこの作業なのだが、またこの道に帰ってきてしまった
I've been back... ← 帰ってきてもうたの意