行けるうちに行く (6)

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岩国から先は115-3000が主力。岩国~柳井港間は海沿いを走り、大島大橋が見えれば大畠。柳井~光間は山間部を抜けて海が見えると下松。

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途中は新幹線を使い、小倉乗継で門司港へ。門司港レトロは人が多い。トロッコ列車も行きは40分待ちになりそうだったのでそれくらいなら和布刈まで歩いてしまう。九州鉄道博物館にはEF30 8のカットしかないがこっちにはEF30 1の完全体がある。

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トロッコ列車は40分に一本の運行。外浜近辺の側線にかつての面影をしのばせるところがある。終点の関門海峡めかり周辺は新緑がまぶしい。最終便に乗って戻る

行けるうちに行く (5)

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起重機船を見るために往復40分も歩いたり

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「市電博物館」と言われた時代も遠くなり、もはや1900が数両日中に動いていれば御の字という状況、ただし朝晩しか動かないと言われていた3000も動いていたが。系統数は多いが各系統ごとの本数は決して多くないので、意外に各線乗りづらいところがあったがやっと横川~江波間を乗車。

これ以外にもアストラムラインや、可部線再開業区間も乗ったものの、スカイレールだけはGW期間中運休中なものでどうしようもなかった。まさか公式サイトがないから、ヤフー路線情報でそれを見ながらそれでも確信持てず見送ったものの、本当に運休しているとは

行けるうちに行く (4)

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午前中は快晴。大草~東園間。キハ66/67国鉄色

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長崎に行って見るもの?やっぱり「長崎喧嘩騒動史跡」でしょ! (「葉隠」参照。隆慶一郎死ぬことと見つけたり」でも取り上げている) というのはさておき、長崎は一人で回りたいように回れた覚えがなく、そのため市電も半分近くしか乗れていなかった。それで今回は西浦上、赤迫から長崎市中心部にに入り、正覚寺下蛍茶屋などを回ることにした。

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崇福寺」というよりは「正覚寺下」だよな。長崎電気軌道の終点はこういう川っぷちや路線を伸ばすには限界な地形ばかりである。石橋もそうだし、蛍茶屋は停留所すら坂の途中で電留線がやっと平地とか、ここ正覚寺下も停留所を過ぎたら坂道。

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この日は臨時便 (浦上車庫~新地中華街) が出ていた。それにしても在来色の車輌が多い。鹿児島などは一両も運用に就いていなかったが、ここ長崎は200、300、500の原色が大量に運用されている。場所は出島~新地中華街の狭隘な路面区間

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長崎は坂の町といいますが、出島あたりを見ていてはそういうイメージはない。ただし新地中華街の裏手を抜けたら地元の人間しか通らないような坂道があってそこを抜けるとオランダ坂への道に抜ける。活水女子大の脇道はオランダ坂の碑はあるが「ラッセル通り」が正しい名前らしい。

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元々活水女子大の施設が長崎県に寄贈されて「東山手甲十二番館」「十三番館」となったのだが、無料公開しているほうが十二番館で、貸出しているのが十三番館だったのか忘れそうだし、そもそもここもずーっと昔に修学旅行で歩いたようなそのあたりの記憶すら乏しい。

行けるうちに行く (3)

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キハ31はいないけども、三角線には乗ってきた

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さすがに天草経由で島原半島行とか無茶なルートは取らずに大牟田まで戻り、三川町から三川砿や三井クラブなど見てからゆっくりと歩いて三池港に着き、島原行高速船に乗車

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島原鉄道と言えば南島原島鉄本社前のこの区間が有名だが、乗ってみて気付いたのは古部駅付近もなかなか悪くないなと思ったのだった。生きているうちに次来ることができるだろうか

行けるうちに行く (2)

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指宿枕崎線に乗ったのは何年前だろうか忘れ果ててしまったほどで、その時は枕崎駅の折返し時間が短くて駅舎すら見られなかったわけだが、今度は沿線の風景などを見る余裕もある。もっとも、集落は海側に集中しているので、集落から離れた小駅の利用客がもとより多かろうはずもない。開聞は昔駅舎があったような気もする。

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西大山駅は列車が来ると観光客があふれかえる状況になっているので、ここで撮るのはあきらめるが、線路の周りは木々が生い茂っているのでこれまた撮影にはむつかしい場所である。無理して撮ってはみたものの。登り勾配になっているのでカメラの傾きではない。

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周辺はキャベツの栽培が盛んなようである。バスがあるところまで汗まみれになって歩き、そこから長崎鼻・山川港経由で指宿駅まで戻る。

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鹿児島市内、天文館やいづろ通を歩いた後は、短時間で回れる場所として、桜島フェリーで往復して、あとは新幹線に乗って戻ってきてしまった。

行けるうちに行く (1)

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行けるうちにいく九州奇行 九州一周編 (まさかにちりんシーガイア7号、宮崎空港→宮崎、きりしま13号が全く同じ車両だったとは) 9時間を共にするとは思わず

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佐伯~延岡間の「宗太郎越え」では一気に速度を落とす。同様に、都城霧島神宮間も台地の狭間を縫うようにして走る。旅客流動から考えれば、大分、宮崎で分断して正解ではある。

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枕崎漁港の夜の風景。

鹿児島から枕崎までは川辺経由で走るが、鹿児島市内の渋滞に巻かれて着いたのは20分遅れ、投宿して街を歩いたが20時過ぎでは空いている店は少ないし、漁港もこんな感じであった

ゆふいんの森に乗ってきた

 

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別府駅前は温泉まつり開催中であった。駅前温泉の熱い湯につかった後で、餅撒きでいくつか掴んで(拾って)駅に戻る

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10年近く前に日田~博多は乗っているのだが、デジカメのメモリカード破損によりろくな画像も残っていないし、またいつか乗りに行こうと思っていたが、早めに切符を押さえないと満席になってしまうので、今日この機会に九州北部一周ルートをたどってきた次第。