男性の「身体性のなさ」=「生理周期を理解できない」

もう少し書き足してみた。

男性に「身体性がない」というのは、すなわち女性が毎月一回迎える「生理周期」を理解できないということである。家に帰ればトイレの脇に生理用品が捨てられていることと、あとそれ以上に生理日前になるとちょっとしたことでも機嫌の荒れやすい (そして生理後は体が重くなって家事どころではなくなる) 「内務班」を経験して、妻がカレンダーに記載しているように自分のカレンダーにもそれを記載しているのだが、それをいつどんな場所でもやっていいのだろうかという問題。

仮に女性を男性が管理する場合、そういう微妙な時期における扱いというのを受け流すためにはそういうことが必要ではないのだろうか。「身体性」に起因する問題を男性が根本から理解できないのであれば、付随する身体的変化からそれを記録して読み取るという分析作業。たぶん、こんなことをやっているのを知られたら、相手はドン引きする (生理的な事実に触れられるのをいやがる) ことは必至である。ただし「言われなければわからない」のが男性というもので、「言われないで察する」ことができなければ、その事実を細々と分析するしかないのだがこれいかに